抜粋・「地方自治を確立する会」杉本武信

  
   シリーズ 28  ・
 
   アメリカの政治を垣間見る     ・



 アメリカの歴史は、ご承知のように、ヨーロッパの閉鎖的で抑圧された社会から脱して、自由な国を建設することから始まりました。
 そのため彼らは、すべての政治に関与し、主張し、理解し、納得できなければ、信頼のおける政治ではないと考えます。人任せにすれば、いつ裏切られるかもしれない。そのつけは自分たちに回ってくる。だから、政治にできるだけ参加して、自分たちで決定する・・・・
 それに対して日本はどうかというと、「政治の難しいことは解らない。立派な方にやってもらおう。」さらには、「政治の世界は庶民にはわからない。わしのような者がどうしようもない。」と無関心になってしまいます。
 そこで、日本とアメリカの政治を比較するため、アメリカの政治の一端を紹介してみたいと思います。

 




 新聞、テレビなどでご承知のように、
この11月にアメリカの中間選挙が行われました。
 そこで、アメリカの選挙をカリフォルニア州の場合で紹介します。
 この州には、公式投票者ガイドの日本語版があります。(英語ほか6ケ国語)
 
上院議員の選挙と併せて、一度にたくさんの選挙住民投票をします。
 
 CALIFORNIA STATEWIDE GENERAL ELECTIONを開いて、

 左側のPOF Bersion の中の、日本語/Japanese をクリックしてください。カリフォルニア選挙有権者ガイドブック.pdf へのリンク
 公式投票者ガイドが出ます。
 
 ご覧のように、128ページに及ぶガイドブックです。
 概要は、 
「 まずはじめに、州務長官が投票者に民主主義の実現のため、このガイドブックを時間をかけて慎重に読んで投票するよう呼びかけます。
 目次
     住民投票9項目   詳しい資料がありますが、簡単に早見表で解るようになっています。
     政党の目標声明
     選挙費用の限度
     候補者の声明(日本で言う選挙公報のようなもの)
     最高裁判所の裁判官の紹介(信任投票のため)
     住民投票法案の本文
     投票者の権利章典
     情報(大型活字印刷、音声によるガイド、郵便投票、兵役や海外居住者の投票など)

 どんなことが住民投票にかけられるか参考までに、
    9の案件の中から注目される
住民投票案件をピックアップ
 ① カリフォルニア州で、マリファナを酒と同じように合法化して課税する法案に賛成か、反対か。
  法案を付け、財政への効果、従来の規制を巡る問題点、その他多方面からの論点を説明 
  賛成者の主張(賛成者に退役警察長、退役裁判官などの名前がある。)
  賛成者の主張に対する反論(その論者に、地方検事、消防協会会長などの名前がある。)
  反対者の主張(反対者に上院議員、ドラッグ反対全米会長の名前がある。)
  反対者の主張に対する反論(その論者に、退役の合衆国公衆衛生局長官、
                           退役の副警察長の名前がある。)
  さらに、法案の全文を添付
    
・・・・コメント=ともかく、読んでみてください。
            賛成 3424145票 46.1%   反対 3994442票 53.9%   否決

 ② 州立公園の運営や野生動物の保護のため財源が要るので、車両登録に年間18ドルの課徴金を課す法案に賛成か、反対か。
   ①と同じように法案を付け、目的、必要経費、税収見込みなどを説明
   そして、賛成、その反論、反対、その反論 法案の全文を添付
   
・・・・コメント=税を課す場合は、重要案件として必要性、予算などを提示して賛否を問います。
            
賛成 3059181票 41.8%   反対 4244080票 58.2%   否決

 ③ 失業率が一年通期で5.5パーセント以下に低下するまで、地球温暖化の原因となる温室効果ガス排出の届出・削減を主要排出源に義務付ける大気汚染防止法の導入を一時中止する法案に賛成か、反対か
   同じように法案をつけ、地球温暖化、温室効果ガスの問題を説明、連邦の法、計画、失業率の実態、財政への影響、純経済的影響、料金などへの影響などを説明、
   そして、賛成、その反論、反対、その反論 法案の全文を添付
    
・・・・コメント=アメリカがすんなりと地球温暖化対策に賛同できない事情はこんなところにあるのでしょうか。
            
賛成 2818769票 38.9%   反対 4419219票 61.1%   否決

 これは、州段階です。
 州段階で、これらの住民投票のほか、上院議員、州知事、副州知事、州務長官、会計監査長官、財務長官、司法長官、保険長官、公立教育長、裁判官信任投票などが同時に選挙されます。

     
*********************************************

 さらに、同時に、
  County段階
(日本で言うならば、郡で、自治機能を持つ)教育区消防等の組合の段階の選挙や住民投票が加わります。
     例えば、カリフォルニア州Monterery County の候補者選挙 住民投票


 County郡段階の住民投票案件の一部を紹介します。(法案は説明が詳細で長いので、要約します。これらの案件についても、投票者公式ガイドが示され、案の趣旨、賛成、反対の意見が公開されています。)

Marina市
 ① 一般行政を充実するため、取引・販売税(消費税のことか?)を、5年に限って、1%引き上げることについて賛成か、反対か。
                  
賛成 2966  反対 1765  可決
 ② 消防、警察、犯罪防止、ギャングや薬物対策、街路や公園の維持、高齢者対策、放課後児童対策のため、ホテル税を、5年に限って10%から12%に引き上げることに賛成か、反対か。
                 
 賛成 3385  反対 1318  可決

Monterery Peninsula 学校区
   小・中・高教育の資金を確保して、教員の資質向上、施設整備、生徒の安全確保あどのため、情報公開と監査のもとで、通常利率により1億1千ドルを借り入れる、ただし管理部門のためには使わない。これに賛成か、反対か。
(55%以上の賛成が必要)
                  
賛成 15558  反対 6187  可決

Pacific Grove市
 ① 図書館を維持するための財源が不足するため、家屋所有者へ年間45ドルの課税に加えて、土地所有者に年間90ドルを課税する法案について賛成か、反対か。
(3分の2以上の賛成が必要・・・州の法律で、郡市が税を課す場合、3分の2以上の賛成が必要となっているようです。)
                  
賛成 4109  反対 2542   否決

 ② 案の内容がよく解りません。読んでみてください。住民投票  
(実際には、事前に詳細な説明あり、賛成、反対の運動があるので、住民は短絡な法案でも、おおむね理解しているものと思われます。)
                  
賛成 4590  反対 1572   可決


 同州のサンタクララ郡についてみてみましょう。ここでは、郡自体が自治機能を持っています。
Santa Clara郡住民投票
 ① 子どもの保護や予防接種、健康診断、そして特に低所得で保険に入っていない家庭の子どもたちが排除されないために、土地税を年間29ドル課税することに賛成か、反対か。
(3分の2以上の賛成が必要)
                  
賛成 279844  反対 196397  否決

Santa Clara Valley交通局
 ② 地方道の補修や舗装、州や連邦への負担の増加、交通渋滞や交通公害の防止のため、自動車登録料を10ドル引き上げることに賛成か、反対か。
                  
賛成 246079  反対 227773  可決

Santa Clara Valley水道区
 ③ 案の内容がよく解りません。
                  
賛成 334678  反対 109553  可決

Foothill-De Anza Community College 行政区
 ④ 州政府の予算削減に対処し、学生への教育の向上のため、土地税を年間69ドル、6年間に限って課税することについて賛成か、反対か。但し、税収は管理費には使わない。(3分の2以上の賛成が必要)
                  
賛成 73404   反対 53162   否決

San Jose Evergreen Community College 行政区
 ⑤ 就職や4年生大学への転入の支援、施設整備などのため、2億6800万ドルの借金をすることについて賛成か、反対か。
                  
賛成 111032  反対 77759   可決

Santa Clara 学校区
 ⑥ 学校の防火、安全、ソーラー施設の設置、将来の生徒増加対策のため、8110万円の借金をすることについて賛成か、反対か(55%以上の賛成が必要)
                  
賛成 21839  反対 12051  可決

East Side Union 高等学校区
 ⑦ 優秀な教員確保や科学技術、数学などの学習支援、アート、音楽、体育などへのガイダンスのカウンセラー、学校の安全確保のため、土地税を年間98ドル、6年間に限って課税することについて賛成か、反対か。(3分の2以上の賛成が必要)
                  
賛成 63866  反対 47465  否決

Franklin-WcKinley 学校区
 ⑧ コンピューター技術の導入、燃料効率の向上、教育設備や学校施設の整備、安全確保、地震対策のため、5000万ドルの借金をすることについて賛成か、反対か。(55%以上の賛成が必要)
                  
賛成 10860  反対 4674   可決

Moreland 小学校区
 ⑨ 
税の増加なくして、学校施設や教育機器(具体的には省略)の整備のため5500万ドルの借金をすることについて賛成か、反対か。(55%以上の賛成が必要)
                  
賛成 9035  反対 4031   可決 

Cambrian 学校区
 ⑩ 読み書き計算、科学の教育を向上、優秀な教師の確保、クラスの小数化、そしてコンピューター、図書、技術施設の改善のため、土地税を年間96ドル、6年間を限って課すことについて賛成か、反対か。(3分の2以上の賛成が必要)
                  
賛成 5843  反対 4160   否決

Campbell 市
 ⑪ 911回のも及ぶ緊急出動、消防、警察パトロール、犯罪防止、街路補修、放課後児童対策、10代及び高齢者対策などのため、営業免許税を引き上げる
(引き上げの内容がわかりません。)ことについて賛成か、反対か。(3分の2以上の賛成が必要)
                  
賛成 8852  反対 3869   可決(3分の2以上が賛成)

 ⑫ 911回のも及ぶ緊急出動、消防、警察パトロール、犯罪防止、街路補修、放課後児童対策、10代及び高齢者対策などのため、ホテル税を10%から12%に引き上げることについて賛成か、反対か。
                  
賛成 9254  反対 3395   可決

Campbell 市
 ⑬ 市の書記官と出納係りの任命制について賛成か、反対か。
                  
賛成 6622  反対 4944   可決

Morgan Hill 市
 ⑭ 市の書記官と水稲係りの任命制について賛成か、反対か。
                  
賛成 5158  反対 6062   否決    同じ案でも、市によって賛否が異なる

Saratoga 市
 ⑮ 商業や行政のための建物制限区域の変更
(詳細?)について賛成か、反対か。
                  
賛成 6939  反対 7143   否決

Palo Alto 市
 ⑯ 消防士憲章の変更
(詳細?)について賛成か、反対か。
                
賛成 6567  反対 19906  否決

 ⑰ 費用削減のため選挙日の変更
(詳細略)について賛成か、反対か。
                
賛成 19509  反対 6071  可決

Mountain View 市
 ⑱ Utility Users Tax
(内容は調査中)の採用について賛成か、反対か。
                 
賛成 14993  反対 6393  可決

San Jose 市

 ⑲
 Marijuana Business Tax (内容不明)の10%引き上げについて賛成か、反対か。
               
賛成 184305  反対 50992 可決

 
 Binding Arbitration (内容不明)について賛成か、反対か。
               
賛成 148368  反対 75038  可決

 
 憲章の変更(内容略)について賛成か、反対か。
               
賛成 162367  反対 62710  可決


 
カルフォルニア州の郡や市、学校区、水道区、消防区などで役職の選挙や住民投票が行われ、住んでいる地域に関係する事項について、投票を迫られます。投票者ガイドには、投票は住民の権利であり、義務であるから、厳粛に参加しなければならないとあり、投票することが一人前の証とされます。





  シアトルの選挙で配布される冊子
  選挙の時に投票所でもらう。
  20ページくらいある。

 ← 住民投票案件



 ← 候補者選挙
   これは、およそ10年昔の、
   ブッシュ、マケインの大統領選挙の際の
   投票者冊子冊子
   







  パンチカード

 項目に従って、パンチカードに穴をあける

 上の冊子の下の
 決められた位置にパンチカードを置いて
 決められた箇所に穴をあけると、
 所定の番号に穴が開く仕組みになっている。



  今日では、
  パソコン上で
  項目ごとにタッチする仕組みに
  変わりつつある。
 










      
*******************************************
 



 日本では、衆議院総選挙と言っても、1名の名前と政党名を書くだけの選挙。
 アメリカでは、中間選挙の機会に、たくさんの選挙、信任投票、住民投票が実施されます。
 そんなことができるか・・・・・現にやっているのです。

 なお、この辺のことについては、
 小生の「自治のすゝめ」第10章「自治の実験室アメリカ」 で説明しています。
 また、アメリカの住民投票の事例について、朝風第4号シアトルの住民投票で紹介しています。
 直接民主制の趣旨について、冒頭の州務長官の説明や公式投票者ガイドの9ページ「イニシアチブについて」で論じていますので、参考までに。

 
カリフォルニア州の投票率は、59・5%という発表がありました。
 

 コメント・・・・アメリカの選挙の方法をご覧になって、どう思われますか? 
        少し、思うところを述べさせていただきます。
        日米の比較を解りやすくするため、やや極端な表現になることを御承知ください。   
 
 いきなり、公式投票者ガイドをご覧ななって、「こんな分厚い物を読んではおれない。読んでも解らん。良いか、悪いか分らん。よくも賛成・反対が言えるな。」とお思いでしょう。
 ここに至るまでには、前段があります。
 住民投票にかけようと思う人は集まって相談し、署名活動を始めます。住民投票にもって行くには、有権者の何%か以上の署名が必要です。そのために、多くの人に趣旨を説明しなければなりません。
 そして、住民投票を実施するとなれば、さらに賛同者を集めてキャンペーンを張り、日本の選挙と同じように運動を展開します。自由かつ広範に行えるので、メディアや個別訪問など多様な活動に接することができます。公式投票ガイドは、その名の通り「公式」に州政府が出すもので、情報の一部に過ぎません。
 そして、賛否が伯仲するような案件になれば、双方が盛んに運動し、新聞やテレビなどで取り上げられるので、自分なりに考えます。逆に誰でも賛成、反対というような案件はあまり取り上げられませんが、それはそれなりに投票結果が出ます。

 それから、もう一つ。
 国民性と言ってしまえばそれまでですが、「民主性」という点で日米に差があります。
 日本の場合、立派な政治家や優秀な役人にお任せするというところがあって、「わしらのような者には解りません。とにかく、頑張ってください。」という姿勢になってしまいます。謙虚なようで、一見、美徳とも思えるのですが・・・・その辺が違うのです。
 彼らの世界では、「知らん、解らん。」は、日本流で言えば恥になる。一人前の人と扱ってもらえない、考える力のない従属的な人と受け止められます。だから、その時思うことを遠慮なく述べ、意見を闘わしながら考えを進展させます。
 そして、決して人任せにしない。選挙で首長や議員を選んでも、ある程度以上重要な問題や住民の要求があれば住民投票にかけることになっています。また、例えば紹介したマリファナや大気汚染の問題にしても、日本で言えば国の法律で決めたことを県段階で云々することはできませんが、アメリカの州は権限をできるだけ残し、連邦任せにしない。外交や防衛などは国に任すが、自分たちの生活や生産に関することは自分たちでで決るという姿勢を貫いています。
 そうしたやり方が良いか、悪いかは一概に言えません。ややもすれば、少数の弱者へ配慮に欠ける恐れがあります。しかし、このように個々人の直接の判断を積み上げて合意の社会を造る方法は、民主性という点でこれに勝るものはないでしょう。こうして政治参加を二年に一回(四年に一回の大統領選挙と、その間の中間選挙)、長年にわたって行っている国と、四年に一回、一人の名前を書いて任せる国では、何事につけ、大きな違いが出てしまいます。
 気が付いてみれば、大変な借金を抱えた国・・・・何かやろうとすれば、その趣旨や財源対策(新規課税または増税)を示しながら住民の賛否を問う国から見れば、責任のない、自主性のない国民と捉えられるでしょう。
 今日、「地方分権」から進んで「地方主権」が叫ばれるようになりました。その意味はこの辺にあります。
 教育が進んでいると自慢するのに、行政のことは難しくて解らんと平気で言ってしまう状況を何とかしなければなりません。

 そうした問題は、国際関係にも現れています。人任せにせず、できるだけ近くに政治の現場を置き、参加して政治の体験を積み重ねた人々の感覚と、政治は立派な人にお任せする・・・・政治に何かしら嫌悪感を抱き、遠ざけるような人まで生まれた人々の感覚に、相容れないものがあるのは否めない。これを単に国民性の問題と言ってよいのか・・・・民主性という点で遅れていると言わざるを得ないように思われます。

 

 
 ここで紹介したのは、州段階の選挙です。同時に、県段階(county)や、学区、消防、上下水、それぞれの議員、そして同じようにそれぞれの団体で住民投票が行われます。選挙項目は、50~60に及びます。
 その選挙の姿を、カルフォルニア州 Alameda County のホームページの写真や女性の投票連盟?のEASY VOTER GUIDEから見ることができます。たくさんの項目を選挙しています。ページをめくって各項目のパンチカードを打ち、パソコンを操作しているところです。

 アメリカの住民投票制度については、朝風第4号シアトルの住民投票をご覧ください。
 新しい事業を行う場合、目的を説明し、財源の調達のため増税や新税を提示して安否を問います。そうした政治だからこそ、庶民の生活感覚が反映します。

 日本の場合、一気にそうした政治は無理としても、もっと行政について説明責任を果たし、議決に当たっては事前に議員と住民が話し合う機会が持てるよう前もって議案や計画、予算を住民に示すような工夫が必要でしょう。

 
          地方自治を確立する会 トップページへ戻る